新年の迎え方

 大晦日。ジィルヴェスターと呼ばれるこの日は、クリスマスとは打って変わって友達とお祝いするのが一般的。あちこちで、爆竹が鳴りショボイ花火が上がるので非常に騒々しい一日となる。広場や道はそれらの残骸や瓶が散乱してて酷い有様だし、爆竹とか、火を付けて車道とか人気のない歩道にポイって投げたりする愚か者がいるから、歩くのが怖い‥‥。

 この日の午後は、エリーザが弾くというのでトーマス教会のコンサートへ。オルガンソロに始まり、牧師の挨拶、メンデルスゾーンなどの合唱曲がいくつか、賛美歌を全員で歌い、説教があり、バッハのクリスマスオラトリオの第3部、お祈り、合唱曲、終わり際に献金。合唱団の子音の綺麗なこと。楽器の音色の柔らかくて美しいこと。繊細な、とても質の高い演奏を聴くことが出来ました。開演直前に到着したため立ち見になっちゃったけど、2ユーロでこれだけのことを体験できちゃうんだから、幸せだ。その後、エリーザとお茶した。会話はもちろん、ドイツ語。オーケストラの演奏旅行で来日は既に3回を数えるとか。東京のどこかにネコ神社ってのがあるんだと教えてくれた。

 夜は、ホストシスターの中国出身の友達の集まりへ。到着するとみんなで肉まんを作っていた。素晴らしき、中国食文化! 山盛りの水餃子に、寒天みたいなの、インゲンの炒め物、ザーサイ、肉まん。私はツナマヨを入れた、一口サイズのおにぎりを持って行きました。ここでの会話は、中国語。一言だって分かりゃしない。京劇の俳優を巡る歴史映画を中国語の字幕で鑑賞。時代背景が20世紀初頭だったので、内容は理解できなかったけど「くるか、くるか」と思っていたら、やはり、日本人が出てきた。もちろん、軍服に身を包んで。中国で愛されているこの俳優を思いのままに操れば、中国人の心を支配できて、他の国々が達成できなかった「支那の占領」を果たせると。俳優はそんなことしたくないから、女形なんだけど髭を生やしたり、わざと病気にかかり招かれた先でぶっ倒れたりして、頑なに日本軍の要求を拒否。「クソ日本人が」と呟くと、「だけどこれは軍隊だし」「もう過ぎたこと」と。歴史に対する「正しい立場」というのは存在しない。「正しさ」を求めるから対立が起きる。だからこの対応の正否を判断するのは危険なことだ。ただし、事実そのものは直視されなくてはならない。今の私には、起きたことを恐る恐る見て、悪態をつくことくらいしか出来ない。思考が欠けているのを実感する。因みに映画は、中国が「勝利」し、俳優が再び舞台に立つところで終わる。

 「次は、日本の映画を中国語の字幕付きで観よう。君は聴いて、僕らは読むから」ということになり、ダウンロードされたリストから「東京少年」が選ばれた。観終わると「『東京少女』ってのもあるよ」ってなって、そっちも観た。この晩を共に過ごした中国人たちは、あたしより日本文化に詳しい。東京少年の主役を「この女優、『クロサギ』の彼女になる人だよ」だって。この人が堀北真希って人だったのね。出演者、誰一人として知らなかった。少女の方は近藤芳正って人の顔だけ知ってた。内容は、ふむ、細かいところのツメが甘くて「SFでも筋通すべきところは通さないとねぇ」と、所々突っ込みが入った。少年の方は、見せ方が一部、冗長的だったけど、ネタそのものは面白くてびっくらこいた。前情報なしで観るべき作品の一つ、と私は思うのだが、ネット検索してあらびっくり。ネタ垂れ流しじゃん。

 深夜、市電に乗って腰掛けたら、あたしは帰宅するっていうのに、「これから祝いにいくんだ」とシャンパンをラッパ飲みするおっさんに話しかけられた。お家でこれを書いていたらクリスティアンが帰って来て、花火の動画やなんかを見せてくれた。しかし花火については日本の方が凄いよ、と江戸川花火大会の動画を見せてあげた。二時間近く話し彼が塒(ねぐら)に戻った後、文章を再開、暫くすると坊主のマティアスが顔を出して立ち話。ということでもう朝6時半。やっと花火と爆竹が止み、静かでちょっと厳かな気分が沸いてきました。新年、明けましておめでとうございます! 素晴らしき一年となりますように!