驚きの自販機

 缶ジュースの自動販売機。最近、大通りをちょっとそれた住宅街に、唐突にあったりする。商品は、正規の値段より10円から20円程安い。極たまに利用するのだが、今日利用した自販は酷かった。酷すぎた。この自販機、世の中に、購入したい商品の値段以上のお金を入れ、ボタンを押した後、おつりをもらいたい人がいるということを、全く考慮していないのだ。ここまでおつりを取りたい自分をコケにするなんて、もはや怒ることすらできず、呆れるのみだ。OK、説明しよう。
 私は、110円の缶珈琲を買うのに自販に千円札を飲み込ませた。丁寧なことに、札の入れ口には「新千円札OK」なんて表示されていて、「あ、良かった」なんて思いながら。カネを入れ、3秒程迷った後(買うものを決めていても、いざボタンを押すときとなるとつい悩んでしまうのだ)プッシュ。「ガダッ」っと珈琲が出て来た、とほぼ同時におつりがジャランジャラン出て来た。此畜生、全部10円玉と100円玉じゃねぇか。まぁ、自販においてはこういうことは多々ある。許そう。出尽くしたコインを取ろうとペロンペロンするプラスチックのフタを押した瞬間。「んあっ?!」おつりボックスの奥に、まるで丸太のように横一列に整列したコインがフタと接触して、おつりがとれないのだっ! 私の細い目はすっかりギョロ目になり、眉毛や両耳が躍動し始める。全く、身体というものは感情に先立って反応しやがる。
 この自販は110円の商品を売っていて、千円札を受け付ける。別にまとめ買い専用機でもないのだから、利用するのは私のように「軽く一本飲むか」という人が殆どだろう。だのに、千円を入れた人が890円のおつりを受け取るのにこんな難関を設けるとは。信じられない。一瞬訳が分からず脳天に空白が生じたが、気を取り戻して再トライ。駄目だ。微動だにしないとは正にこのこと。フタを押すと、カチッと丸太の円周にぶつかってそれ以上は動かない。「あり得なくね?」と呆気にとられながらも、真剣勝負をせんとしゃがみ込む。そこそこ静かな住宅街とは言え、背後に通行人の姿を感じる。それなのに自動販売機の前にしゃがみ込んで、おつりが出て来るところをガシガシたたいたりして、もう恥ずかしいったらありゃしない。私は、通報されても不思議はない行為に手を染めている。
 だけれども、何でおつりをとるのに私が悪戦苦闘しなくちゃいけないんだ? 何はともあれ、恥だろうが犯罪者だと思われようが、890円を置いて大人しく帰るわけにはいかない。財布に10万円入っていようがなんだろうが、私が考えるのはただ一つ。「890円あれば、生びぃるが呑めるっょおぅっ!」だ。だから、110円の缶珈琲を買った酬いに890円を没収されるなど、相手が何であれ誰であれ、生ビールが世に存在する以上死んでも許せない。意味がないと知りつつもついあちこちを叩いてしまった私は、結局この金属マシーンのどこを叩いても意味がないということを実感した。そして、「壊れても自分のせいではない」と割り切り、丸太の直径下5分の1くらいの所に突っ掛かるプラスチックのピラピラフタを殴ってもみた。だがびくともしない。そこで今度は、直接コインに触れられる僅かな隙間に指先を入れ、一枚でも良いからコインを水平にして引きずり出そうと丸太崩しに取りかかった。自販機の右下にあるボックスの中に右人差し指を突っ込み、右肩を地面に傾けながらグジグジとあらゆる方向へほじくる。と、直立していたコインが斜めになり始め、数枚を擦り出すことが出来た。「よし来たっ!」ほのかな光が眼前に差し込む。次の数秒の内に私は、残りのおつりたちもお寝んねさせ、遂に全員を救出することに成功した。こういう時ばかりは、手が小さいのに伴って比較的指が細いこと、また不衛生ながらも爪が指の肉ギリギリまで刈り込まれておらず、指の微妙な力をコインに伝えてくれたことに感謝してしまう。
 もしかして私は、テレビの「どっきり」にでも引っ掛かったのだろうか? いや、あの手の番組ならば、通行人が通報するフリをしてニセ警官が駆け付けるとか、もっと小細工をしていただろう。(もし、自販機のたもとで四苦八苦する女を報じているのを観た方がいらっしゃったら、ぜひとも私にお伝え下さい。)あるいは、こんなことは世の中ではざらに起きていて、今まで私がこんな事態に陥らなかったのは一重に、私の平均所持金が二桁(単位はもちろん「¥」)を切っているからに過ぎないのか? それともこれは、ガムにおつりをくっつけてくすねるような連中の新手段か? 
 いずれにせよ、どうしておつりを手にするのにあれ程苦労しなくてはならなかったのか、その真相は分からない。が、もし、某kk社が自社の商品を売る媒体としてあのようなお粗末な機械を街中に置いているのだとしたら、本格的に呆れざるを得ない。千円札で110円のモノを買ったらおつりは890円。自動販売機の胃に50円玉や500円玉が不足している場合、おつりとして10円玉や100円玉が大量に出て来る。何もおつりの金額が貨幣の細かさによって変動する訳ではないのだから、この自販機がおつりとして想定しうる硬貨の最高枚数は8+9で17枚。これだけの枚数のコインを出す可能性を孕んでいながらも、あのザマ。某kk社の商品とロゴに埋め尽くされた自動販売機の客への対応のいい加減さ。心底呆れる。もしや、あの機械を生んだのは某k社の無思考人間なのだろうか?「商品代を回収できさえすれば、後はどーでもいいってぇの」と?
 もう金輪際kk社の商品は買わない、などという決意を固めるほどの出来事ではもちろんないが、今後札しかないときは、この会社の自販に手を触れないように気をつけようと思う。