珍しく、アルバイトしてます


 最近、近所の小さな託児所でアルバイトを始めた。親の知り合いが個人宅でやっていて、預かる子どもは今のところ、多くて4人。3歳、1歳5ヶ月と1歳2ヶ月、それに6ヶ月の赤ちゃん。全員女の子で、一人っ子。週一回、それも午後の3時間しかいないため、二回目でも初めて会うような顔をされたが、いずれにせよ、数分で打ち解ける。


 私は今まで年上に囲まれて来たので、遊んでもらったことはあっても、年下の相手をしたことが殆どなかった。年下の従妹がいるが、彼女は子どもと遊ぶのが上手な兄と一緒にいたし、おまけにうちの両親は、「T(兄の名前)は子どもと遊ぶのがうまい!」と私の前で兄を褒めるものだから、何時の間にか私の中には「ちっちゃい子コンプレックス」のようなものが出来上がっていた。そして、「小さい子がいたら、どうせTが仲良く遊んであげるんでしょ。ふん、いいわよ、どうせ私は子どもの相手するの下手なんだから」といった具合に、卑屈な精神が培われてしまった。そして自然に、年下を避けるようになっていた。
 だが10代後半にもなると、赤ちゃんや小さな子どもに触れる機会が出て来た。しかし赤ん坊なんてどうやって抱っこしたらいいか全く分からず、手渡されてもすぐその子の親に突き返していた。第一、犬は両脇に手を入れて持ち上げてやると、片方の腕に前足をちょこんと掛けてくれるので、もう片方の腕で胴体を抱えてやればよかった。なのに、人間の赤ん坊はそうはいかない。両脇を持ち上げる所までは一緒だが、ひょいっとやって腕にケツを乗っけてやらねばならないのだ。私はこの「ひょい」が出来ず、両脇を持ったままオロオロするのが関の山であった。
 ここ数年は、自分の子ども性を十全に解放でき、真剣に一緒に遊べる、抱っこをせがまない程度の年齢の子どもと遊ぶのは好きになって来ていたが、0歳や1歳なんて未知の世界だ。そんなところへ先月、「託児所でバイトをしないか?」との誘いがあったのだ。


 「1歳って歩けんの? 言葉は? 泣きまくるんじゃねぇの? ってか自分、抱っことかできるのか? だって、一回も人間の抱っこに成功したことないよ」と不安を抱きつつも、何かと良い経験になるだろうと、思いきって託児所を訪ねてみた。
 初日、3歳のMちゃんにすっかり気に入られ私は、バイトの3時間のうち2時間は彼女の人間椅子として過ごした。(暑かった。べっとりくっついてくるけど、彼女は熱感じないのかしら。)この子、もうすぐお姉ちゃんになるというのだが、なかなか独占欲が強い。こんなことでは、産まれて来る下の子、大変だろうなぁ…。だが大抵、第一子は第二子が出てくると、嫉妬して何かやらかすそうだし、所詮、一人っ子なんて皆我が儘だろう、と思っていたのだが、そんなことはない。
 1歳5ヶ月のHちゃんは、自分の方が託児所の古株であるのにも関わらず、Mちゃんに一目置いているのか、遠慮しているのか、自分のお人形さんをMちゃんが我が物顔でしゃぶっていても、平気な顔。一方の独占Mちゃんは、遊び部屋に布団を敷いて寝るのかと思えば、「入って来ちゃダメー」と、皆の部屋をマイ・ルーム化。
 少しして、なんとか部屋に入ることは許可されたものの、彼女の布団という聖域をちょっとでも犯すと、「だぁみぃえーー」と1キロ先まで聞こえそうな爆音と全身のどたばたで警告される。そして、精一杯の力で私を押し出そうとするではないか。こんなときに、火事場の馬鹿力出さなくていんだよ、Mちゃん。
 だが誤解してもらっては困る。Mちゃんは可愛いし、我が儘ではあるが、「こんにゃろー! このくそガキがー!」と逆上したくなるようなイヤな子では、決してない。今まで施設に預けられたことがないそうで、恐らく、部屋もおもちゃも人間も、自分だけのものというのが当り前だったのだろう。今Mちゃんは彼女なりに、共有の精神を学ぼうとしているところなのだと思う。
 さてHちゃんは、一番最初に私になついたMちゃんが常に私の傍にいて、私を独占しているのを察知してか、一回目の時には私に寄り付かなかった。名前を呼んでも、完全無視。もしかしたら、ただ単に嫌われただけなのかも知れない。1歳2ヶ月のAちゃんは、様子を見ながら近づいてくるものの、やはり一歩引いている。Aちゃんは、二足歩行を始めて一体どの位経つのか知らないが、ずっと歩き回っている。他の子は、おもちゃで遊ぶときは両足を前に放り出して坐り、がちゃがちゃ始めるのだが、彼女は立ったまま。テレビを観る時だって、坐る気配さえない。見ているこっちが疲れて来る程によく歩き回る。
 二回目の日、私は戦略的に、バックスバニーが描かれたTシャツを着て行った。するとHちゃんが自ら私に近づいて来て、バックス”バニー”を指差しながら、「にゃぁにゃぁ」と言うではないか! 作戦大成功。キャラもののTシャツを買い足そうと思ってしまう程に、効果覿面だった。とは言うものの、あやつらは何にどんな反応を見せるか分かりゃしない。小賢しく、Tシャツの絵で気を引こうとするのは、これっきりにしておいた方が良さそうだ。いずれにせよバックスバニーのTシャツのお陰で、Hちゃんが私を嫌いなのではないことが判明した。ちょっと遠慮していただけだったのだ。
 だがこの日も、やはりMちゃんの独占体制は続く。Aちゃんがお昼寝タイムに入り、私がHちゃんとMちゃんと遊び部屋に居た時のことだ。Mちゃんに「たかいたかい」をやっていたら、Hちゃんが「Hちゃんも」とうんうん頷きながら近づいて来た。「おい、君は大丈夫なのか、こんなことして?」と不安に思いながらも、「いっち、にぃの、さーん」で彼女の身体を高く持ち上げてみた。すると、きゃはきゃは喜ぶHちゃん。「なんだ、Hちゃん、これ好きなんじゃない!」と感無量の私。そこへすかさずMちゃんが割り込んでくる。「ん、ん、Mちゃんがやるのぉー。」
 二人とも味を占めてしまったようだが、流石に同時に二人を持ち上げることは出来ない。そこで私は、「じゅんばんこ」という制度を導入した。分からないかな、と心配したのは全く無駄だった。3歳のMちゃんはこの制度を完璧に理解してくれたし、1歳5ヶ月のHちゃんも、納得した模様。1回づつ交代すると逆に体力を消耗すると考えた私は、3回づつやることを説明した。まず、Mちゃん3回。そしてHちゃんを3回。結構疲れが来る。息切れしながらも、途中ブランクを置いて2、3往復。
 ある時、Hちゃんに2回目をやろうとしたら、驚くべきことにHちゃん、「んーん。いーの」と「たかいたかい」を拒み、Mちゃんを指差すでなないか。感動した。もしかしたら、「3回」の意味を理解していないだけなのかも知れない。だが、1年5ヶ月の間、人間に揉まれた赤ん坊が、ここまで気配りをできるものなのか。私は、Mちゃんが「やぁって、やってー! Mちゃんにやってぇー!」と騒ぐのをあやしながら、Hちゃんを思いきり誉めた。本当に、良い奴だ、Hちゃん! 偉すぎるってば!
 そして、そんなHちゃんが今日、可愛過ぎることをやってくれた。友人たちから誕生日にもらった、パペットマペットのクマ版のようなぬいぐるみに手をつっこみ、Hちゃんに挨拶をしてみたところ、なんとHちゃん、顔をくしゃくしゃにして喜びながら、「くまさん」にハグをしたのだ! 手を入れられるタイプのぬいぐるみが託児所になかったためなのか、さぞかし新鮮だったのだろう。だが、どうしてこんなに可愛いのだろうか? やがて、MちゃんもAちゃんも同じことをし始めたが、最初にやったHちゃんの姿は、一生忘れないことだろう。
 6ヶ月のKちゃんはまだあやすことができないが、なんだかんだ言って、Mちゃんは言うまでもなく、AちゃんにもHちゃんにも受け入れられたようだ。週1というペースなので、次に行くときにはまた、「初めまして」という雰囲気になるのかも知れないが、とにかく楽しいので、今後も遊ばせてもらえれば、本当に嬉しい。
 そして、親愛なる私の友人達よ、もし次に会ったとき、私が思わずアンパンマン――Hちゃん流に言えば「あぱっ」――の歌を唄い始めたりしても(それも振り付きで!)、許してやってくれ。あの子たちと一緒に唄って踊るのが目標なんだから!